04 平和・基地問題

2010年4月14日 (水)

池子の森を守る全国集会でパレード

4月11日、逗子の第一運動公園で、「池五の森を守る4.11全国大会」が開催され、春ぽかぽかの陽射しのなか、池子米軍住宅建設を反対する人たちの力強い声が響きました。

米軍住宅が建てられるのは横浜市域なのに、なんで横浜市は盛り上がらず、逗子ばかりなのか…。これは、以前池子の逗子市域での米軍住宅建設をめぐる長い住民闘争の歴史と深いかかわりがあります。1994年、苦渋の決断で854戸の建設を認める代わりに、緑を保全し追加建設はしないというの三者合意があったにも関わらず、なぜか横浜市域は対象外になってしまった。

政府と米軍と中田前市長の思惑にはめられた感がありますが、以前弾薬庫として使用され環境アセスで住宅としては不適地とされたのに、1000億円を超える思いやり予算つまり税金を費やすことが許されるのか大いに疑問です。

大会の最後に、運動公園から逗子市役所まで横断幕を掲げ、声をあげながらパレードをしました。逗子の市民も見ていましたが、どのように思っているのか?横浜市民も関心があるのは、金沢区の一部の住民だけで、なんとも歯がゆいです。

普天間基地の問題が暗礁に乗って解決が見えないままですが、市議会では、16日に国に横浜市域の米軍施設早期全面返還の要望を提出します。当然池子も含まれるわけですが、返還を要求しながら、住宅建設に目をつぶるというとても矛盾した状況になっています。

民主党政権になったことを機に、対米国の関係性、特に基地の在り方については見なおしていかなければ!と強く感じた一日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年11月 4日 (火)

知覧特攻基地から飛び立った若者の思い

先日、娘と鹿児島県の知覧へ行きました。以前も沖縄のひめゆりの塔に行き、修学旅行で広島に行ったので、子供が高校生のうちに見せておくべきだ、と連れて行ったわけです。

先月テレビで、知覧で特攻隊員のお世話をしていた「なでしこ隊」の女学生と特攻隊員を描いたドキュメンタリーも交えたドラマをやっていて、娘と二人、涙を流しながら2時間無言で見入ったことがありました。

私も戦争の事はわからないけれど、娘の世代はもっと遠い過去の出来事として感じているでしょう。でも、私の祖父は軍人でビルマ戦線で戦死しているし、父は陸軍士官学校で飛行機に乗り、もう少し早く生まれていれば特攻隊員になっていたかもしれない。

そう考えると、そう遠い出来事ではないんですよね。

平和会館は多くの人が訪れていました。知覧から飛び立った若者は17歳から22、23歳が多く、知覧で452人、他の基地からも合わせると1036人が命を落としています。

出撃する前に書いた達筆の遺言や手紙が残されていますが、どれも特攻に選ばれたことに誇りを持ちながら、親や兄弟に対しての深い愛情と家族のつながりを感じさせます。きっと内心は恐怖も悔しさも未練もあったことでしょう。

それらは母親にあてたものが多く、感謝の言葉で綴られていますが、これを手にした母親がどんな気持ちだったかと考えると胸が痛くなります。

命を捨てることを覚悟した若者はなぜか晴々とした顔での写真が多く、映像での解説には来館者の多くが涙を流していました。こんな理不尽なことが行われる戦争は二度とあってはならないし、国が命を奪う権利はない。081106_16400001

今の若者は将来の希望が持てない、それも不幸なことだけれど、希望があっても叶わない人たちがいたことを、娘たちが感じてくれたでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年9月 9日 (火)

「平和のうちに生存する権利」

9月25日、ついに横須賀基地へ原子力空母ジョージ・ワシントンが配備されます。

これまでも地元横須賀では、住民が反対運動を展開し、住民投票を求めていますが、議会で否決されています。

これは横須賀だけでの問題ではなく、事故が起これば当然横浜も被害が及ぶわけで、特に私の住んでいる金沢区は横須賀の隣なのでひとごとではありません。東京湾に原子力発電所がプカプカ浮いていることを認めていいのでしょうか…!

「絶対安全」と米軍も政府もいうけれど、5月には火災事故を起こし、放射能漏れの事故も起こしている!体に影響がない量だから公表しないというのは、あまりにもひどい言い訳です。

先日、イラク派兵違憲判決の報告会で、自衛隊イラク派兵差止め訴訟の会の代表池住さんの話を聞きました。080906_13510001

名古屋高裁でだされた判決では、「航空自衛隊は、バグダット空港へ空輸活動を行っている」「現代の戦争では、輸送などの補給活動も戦闘行為の重要な要素である」ことが明らかにされています。

大義名分であった「大量破壊兵器」も見つからず、多くの民間人が犠牲になっているイラク戦争に、日本は加担どころか参加している、武力行使を行っているとしています。

平和的生存権を認めた名古屋高裁の判決は画期的であり、当然であるともいえます。判決文は、難解ではなく、わかりやすく現状と日本憲法と平和的生存権の意義を語っています。

横須賀基地の原子力空母は、今だ続くその戦争に深くかかわっています。これは安全性の問題だけでなく、これ以上アメリカの言いなりになって戦争に加担してはいけないと強く思います。

池住さん達は、敗訴しても諦めることなく粘り強く、そして自分たちの主張は正しいと信じて活動を続け、違憲判決を勝ち取りました。

単に反対!と叫ぶのではなく、平和に生きる権利を真摯に訴え、それを認めてくれた裁判官が存在したことに希望を感じます。

今、総裁戦をめぐって奔走する人々は、国民の平和に生きる権利について、いったいどれほど心を砕いているのでしょうか…

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2008年2月 1日 (金)

未来ある若者との懇談!

20080128 先日、法政第二高校の3年生6人が、ネット横浜の事務所を尋ねてきました。

法政大学の政治学科、国際政治学科に進学が決まっている彼らは、思いやり予算や米軍基地、六カ国協議など日米の軍事に興味を持ち、班で調査して、2月にプレゼン大会で発表するとのこと。

防衛省にも話を聞きたいと電話したけれど、冷たくあしらわれたそうで、インターネットで調べていたら、ネット横浜のマニフェストにある「非核平和都市宣言」にたどり着いたとか。以前私が座長であった「平和PJ」で提案した、「非核平和都市宣言」に興味を持ってくれたことは嬉しいことです。

班の代表である諏佐くんと事前に話をしたけれど、なかなかしっかりしていて頼もしい!

当日は6人の高校生に囲まれて、軍事や基地や外交などの意見交換をしました。軍事力では決して平和をつくれない、軍隊は市民を守ってくれない、米国依存ではなく市民一人ひとりの平和への熱意が重要…ということを感じてくれたでしょうか。

商社に入って発展途上国の現状を見てみたい、税関の職員になりたいと、将来のビジョンをちゃんと持っている若い彼らが、これからの日本の平和のあり方について考えているなんて、日本もなかなか捨てたもんじゃない!

平和談義のあとは、学校生活のことにも話が及びました。私たちも若い世代と話ができてリフレッシュ!果たして彼らの印象はどうだったのか?少しでもお役に立てたなら、政治を身近に感じてくれたら嬉しいいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2007年11月24日 (土)

横浜市内の米軍施設の早期返還を要望!

22日、横浜市の基地対策特別委員会で、防衛省と財務省に出向き、政府への要望を行いました。

この要望は毎年行っていますが、横浜市内の基地返還が6箇所合意され、また、池子の横浜市域へ新たに米軍住宅が建てられるなど、大きく状況が変わっている中での要望でした。

でも、返還が実現したのは小柴の貯油施設のみ。他の施設の早期返還はなかなか進んでいないし、返還国有地の譲与の方法などは、全く白紙です。

1.返還合意がされている施設の早期全面返還の促進  2.安全対策の徹底や道路整備の協力など周辺の生活環境向上  3.返還後の跡地利用は、防犯・火災予防に万全を期す、土壌、工作物等の適切な対処  等々 の要望を提出しました。

以前も、委員会で小柴貯油施設、富岡倉庫地区、池子米軍住宅を視察しましたが、小柴はタンクやパイプが多くあり、土壌汚染も心配。富岡は全く使用されていない。…など状況は変わっていません。

小柴の土壌汚染調査については、速やかに実施するとの返事をもらいましたが、区民が自然を生かした公園にしたくても、実現するのはまだまだ先のようです。

防衛省、財務省とも初めて足を踏み入れましたが、何か緊張しましたね(別に大臣にあったわけでもありませんが…)全国の自治体が、いろいろ要望に来るのでしょうが、ちゃんと横浜市民の思いを受け止めて下さい。

皇居の周りのイチョウはすっかり色づいていました。東京、国のスケールの大きさを感じた日でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2007年10月 2日 (火)

歴史事実の歪曲は許されない!

11万人の人が参加した、9月29日の沖縄県民集会。沖縄の人の強い怒りを感じました。

もういいかげん、歴史の事実としっかり向き合っていかなければ。

今年の夏は、「ヒロシマナガサキ」と「ひめゆり」の映画をみました。どちらも経験者が語るドキュメンタリーでしたが、その証言を聞くと経験したことのない私でも、その情景を想像して寒気がしました。

もうほとんど勝ち目のない戦争に駆り出され、そんな戦火のにさらされると知らずに手助けに言った少女たち。追い詰められて、最後には集団自決せざるを得なかったその心境はどんなだったか…。命令を出す人は安全なところにいるのに、何で国のために国民が犠牲になるのか。それを今、美化しようとする人たちはいたい何を考えているのか…。

この悲惨な戦争が、つい60数年前にあり、自分の親も経験しているという事実。何故日本は戦争をしなければならなかったんだろうか…、と考えてしまいます。

友達にすすめられて、山本七平の「日本はなぜ敗れるのか」という本を読みました。そこには、歪曲されていない真実が見えました。

何か大きな力によって、軍人だけでなく、国民がすべて真実が見えなくなってしまう。いや、真実はあったけれど、動かされてしまう。人間の持つ、社会の持つ大きな力の恐ろしさを感じます。

現代史は時間がたつにつれてどんどん捻じ曲げられているけれど、本当の事実を伝えなければ、再び同じことが起きてしまいます。

次世代に本当の事実を伝えていくためにも、教科書は正しくあるべきだし、それを認めない国家はありえない。再び大きな力で国民の思いを踏みにじってはいけない!

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2007年8月28日 (火)

使われていない施設は即返還を

基地対策特別委員会で、横浜市内の米軍施設の視察を行いました。

070824_143301 8月10日には、米軍住宅が建設される予定である「池子の横浜市域」および逗子の池子の米軍施設。そして24日はヘリコプターによる市内の米軍施設の視察と、旧小柴貯油施設および富岡倉庫地区の視察でした。

家の近所である池子の横浜市域ですが、中には入ったことは初めてです。うっそうとした緑に囲まれた地域で、もう米軍住宅が建てられると決まったとはいえ、自然を壊すのはとても惜しい!

逗子の米軍施設は立派なグラウンドがあり、低層の住宅と高層の住宅が立ち並んでいます。今は夏休みなので、人は少なかったものの、子供たちやお母さんたちがのんびり過ごしている姿も見られました。

見学したマンションの一室は、140㎡ほどあり、かなりゆったりとした作りでした。これらの施設や住宅が私たちが払っている税金から作られているわけです。

(↓富岡倉庫地区…なにもありません)

070824_151802 ヘリコプターの視察で、市内の米軍施設を空から9箇所ほど見ましたが、私はヘリコプターの座席が左側だったので、ほとんど右側下であった施設は確認できませんでしたが、厚木の米軍の広大な基地に驚きました。

小柴は、返還されたとはいうものの、土壌の調査はまだ行われていないし、地下に埋めら070824_145301 れたタンク29基と地上タンク5期、また縦横無尽にめぐらされたパイプの処理をどうするかなど、まだまだ課題は多くあります。緑を生かしたオープンスペースの整備までには時間がかかりそうです。

富岡倉庫地区は、シーサイドライン南部市場駅前すぐ前に位置していますが、2.9haの土地が全く使われていない状態です。平地なので、市民が使う施設は建設しやすいでしょう。早急に返還され、市民に有効な施設がつくられるといいと思います。

               (旧小柴の貯油施設の地上タンク↑)

これから国に要望を出していくわけですが、使わない施設は即刻返還。使うと言うのなら何の目的でいつまで使うのか明確にすることが必要です。

アジアの大陸を監視できる位置にある日本、また思いやり予算を米軍のために年間6千億円も使っている日本。米国にとってはこんな都合の良い国はありません。

戦後60年以上経過したのですから、米軍施設の目的や役割をしっかり見直していくこと、そして日米関係のあり方や基地の縮小を根本的に議論していくことが必要でしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2007年7月24日 (火)

地震は止められない!原発震災の恐怖

三年前の新潟中越地震に続いておこった新潟中越沖地震。一度大きい地震が起こったところは当分起きないだろう、と言う話は通用しないことを再認識した地震でした。

なんといっても怖いのは、連日報道される柏崎刈羽原発の被害。記者会見をしている東電の社員や、解説をする有識者の方々の表情には「これくらいの被害でよかった」というのか、なぜか緊迫感が感じられない。

日本は世界の地震の10%も起こっているにもかかわらず、55基もの原発があります。たとえばマグニチュード8を超えると政府が予測し、いつ大地震が起きてもおかしくないと多くの研究者が警告している、静岡県の浜岡原発は、東海地震の想定震源域の真上にあるのです。

Dscf0059私は三年前、仲間と一緒に浜岡原発の視察に行きました。近くに砂丘もあり、非常にもろい地盤に立っている原発。住宅はすぐ近くまで迫り、地震があったとき、いったいどのような被害が起きるのか…恐ろしく思いましたが、でも単なる想像が今度の現実の被害を目にして、より大きい恐怖に変わりました。写真:残念ながら私は議会で参加できませんでしたが、05年に、ネットワーク横浜が市民団体と一緒に浜岡原発の危うさを横浜駅でアピールしたときの写真です。横幕を見てください。しっかり「地震の前に原発止めよう!」って書いてあるでしょ!)

チェルノブイリの事故は、周囲600kmにまで放射能が放出され、25万人以上に人が故郷を捨てています。もし浜岡原発で事故が起きたら、静岡県だけの被害ではなく、関東はもちろん日本の大部分が被害を受けることになりかねません。

目に見えない放射能だからこそ、事故があったら早急に処置し、情報を公開しなければいけないのに、今度の地震では全くお粗末な原発の防災体制があきらかになりました。

「想定外だった」というのは理由になりません。もっと大きな地震が起きることを想定して、即刻全国の原発で対策をたてること。特に地震の可能性が大きい浜岡原発については停止するなどしなければ、あとで大変な事態に陥ります。

浜岡原発の周りには送電線が張り巡らされていましたが、なぜか異常に巨大な真っ赤な鳥居が道路に立てられていました。原発を誘致することで、国から補助金がでる。それを期限内に使うために鳥居や立派な芝生のグラウンドや、町内のリゾート地のようなプールなどがたてられているんですね。

浜岡では、表立って原発反対を掲げると、近所から白い目で見られる…という実態もあるようで(政治が大きく絡んでいるようですが)、自治体の財政逼迫が伝えられる今、雇用の問題も含め、原発誘致に頼らざるを得ない自治体の状況と、安全に暮らしたいという市民の願いの行き違いも悩ましいところです。でもやはり、市民は地域で安全に安心してくらす権利がある。自然エネルギーの開発など原発に頼らない電力確保の方法を考えていくべきではないでしょうか。そして何よりも危機に備えた防災体制をしっかりと確保すること。政府や自治体の真摯な対応が待たれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2007年1月12日 (金)

多文化共生時代への道筋は…

新年会が目白押しの1月ですが、5日に在日民団神奈川県連主催の合同新年会に参加しました。

多くの在日の方と共に、この日は成人のお祝いも開催され、チマチョゴリなどのきらびやかな衣装を着た20才になる若者たちも紹介されました。

今年は創団60周年だそうで、帰りにこれまでの苦悩や歴史の詰まった分厚い本「民団神奈川60年史」をいただきました。

私は横浜市鶴見区で生まれ育ったのですが、通った鶴見中学のそばには在日の方が多く住んでいて、多くの在日の子どもたちがいたようです。

というのも、中学生当時は在日の人が住むに至った歴史も状況もほとんど理解していませんでしたし、もちろん容姿は全く変わらず、日本の名前だったので誰が在日の子なのかはっきりは認識していなかったのです。

でも、たまに「○○さんは朝鮮人だよ」とこっそり耳打ちする友達がいたのですが、聞いても「ふーん、だから何?」程度の反応でした。他にも中国人やブラジル人の子もいたし、鶴見という当時から外国人の多い地域だからこそ、何の偏見も持たなかったし、いじめなどもなかったように思います。

「民団神奈川60年史」を紐解くと、戦前からの苦労や差別、苦しみの歴史がつづられています。やはりしっかりと過去の出来事を理解することが、多文化共生への道筋になるのでしょう。

ワールドカップの共催や、アイドルの交流、そしてまたヨン様ブームなど、日韓の間では表面的には友好な関係が進んでいます。しかし、以前在日の方の話を聞いた際、

「日本語を話し普通の生活をしていても、国籍が違うだけで相変わらず差別は存在する」

「昔とは違い、確かに若者世代は友好な関係を作りつつあるが、それは歴史を知らない、知ろうとしない中での友好関係であって、本当は歴史をちゃんとお互いに知った上での友好であるべきだ」との話がとても印象に残っています。

在日の方だけでなく、横浜市は多くの外国人が住んでいますし、これからもたくさんの国から労働者として多くの方がやってくるでしょう。国籍が違うだけで様々な差別はありますし、施策もなかなか進みません。国際都市横浜を語るならば、その名にふさわしい多文化共生の社会になるよう、皆で考えなければなりませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2006年10月18日 (水)

核を持っていい国、持ってはいけない国

北朝鮮の核実験の実施は世界を震撼させました。核実験の成功をたたえる威勢のいい北朝鮮のアナウンサーの声と、足並みそろえた10万人規模の行進が報道される反面、郡部の市民は貧困と飢えにあえいでいる実態も明らかになっています。

いったい北朝鮮はどこに向かおうとしているのでしょう…。

唯一の被爆国である日本では、この事件をめぐって政府幹部が、核をめぐる議論をしてもいいという意見を述べています。非核三原則の堅持を確認する議論ならともかく、核を持つべきか否かの議論は全く必要ありません。

政府幹部の発言は、市民の危機感をあおっているとも思えます。核VS核によって、世界の平和は築けません。北朝鮮の暴走を止めるために、武力に頼らない解決に向け、政府は努力すべきです。

「何故、核をもっていい国といけない国があるの?」と娘に聞かれました。核不拡散条約で義務付けられているはずの核軍縮がなかなか進まず、非加盟国のインド、パキスタンの核保有を認めているという矛盾。そして、核を決して許さない日本が、米国の核の傘の下に守られているという矛盾。

平和のために核は必要ない、許さないという強い姿勢を市民が発信していく。特にその権利を持っている日本が訴えていかなければならないでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|