知覧特攻基地から飛び立った若者の思い
先日、娘と鹿児島県の知覧へ行きました。以前も沖縄のひめゆりの塔に行き、修学旅行で広島に行ったので、子供が高校生のうちに見せておくべきだ、と連れて行ったわけです。
先月テレビで、知覧で特攻隊員のお世話をしていた「なでしこ隊」の女学生と特攻隊員を描いたドキュメンタリーも交えたドラマをやっていて、娘と二人、涙を流しながら2時間無言で見入ったことがありました。
私も戦争の事はわからないけれど、娘の世代はもっと遠い過去の出来事として感じているでしょう。でも、私の祖父は軍人でビルマ戦線で戦死しているし、父は陸軍士官学校で飛行機に乗り、もう少し早く生まれていれば特攻隊員になっていたかもしれない。
そう考えると、そう遠い出来事ではないんですよね。
平和会館は多くの人が訪れていました。知覧から飛び立った若者は17歳から22、23歳が多く、知覧で452人、他の基地からも合わせると1036人が命を落としています。
出撃する前に書いた達筆の遺言や手紙が残されていますが、どれも特攻に選ばれたことに誇りを持ちながら、親や兄弟に対しての深い愛情と家族のつながりを感じさせます。きっと内心は恐怖も悔しさも未練もあったことでしょう。
それらは母親にあてたものが多く、感謝の言葉で綴られていますが、これを手にした母親がどんな気持ちだったかと考えると胸が痛くなります。
命を捨てることを覚悟した若者はなぜか晴々とした顔での写真が多く、映像での解説には来館者の多くが涙を流していました。こんな理不尽なことが行われる戦争は二度とあってはならないし、国が命を奪う権利はない。
今の若者は将来の希望が持てない、それも不幸なことだけれど、希望があっても叶わない人たちがいたことを、娘たちが感じてくれたでしょうか。
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