« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月 5日 (日)

食物アレルギーへの対応は徐々に進むが…

決算特別委員会が始まり、第二委員会の初日、安全管理局の質問を行いました。

大地震が起きるかもしれない!と不安が増している中で、横浜市では防災計画の見直しが行われています。

以前から提案してきた、男女のニーズの違いに応じた対策、食物アレルギーの備蓄対策も検討されているようです。

これも国が食物アレルギーに注目し始めたからでしょうが、まずは備蓄にアレルギー用の粉ミルクを入れるとか。まあ、アレルギーも人ぞれぞれですから、単一のものではなく、選択できるように何種類が用意しすることも検討してほしいと要望しました。

大地震の時の避難所で、菓子パンが配られる映像を見て、「小麦、卵、牛乳アレルギーの子は食べられないなー」 と心配していました。それは各家庭で用意しないと無理です!と言われていたのに比べると、かなり進んできましたね。

ところが、横浜市の保育園では、食物アレルギーの事故が続いてます。今年になって4件でしょうか。大事には至ってないとはいえ、一つ間違えば命にかかわります。

アレルギーは当事者か周りにいないと理解しにくい。保育園の先生も対応に苦労しているので、まずはしっかりと現状把握、そして徹底した対策が必要です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

身近な人との突然の別れ

先月25日、ネットワーク横浜の総務部長の中島明子さんが、突然亡くなりました。つい一週間前に普通に会話していた人が、突然亡くなるなんて、全く信じられない。

長患いをしていれば、少しは覚悟もできます。高齢の方なら大往生と納得もします。以前親しくても、最近会っていなければ、驚きこそしても、そんなに引きずらないかもしれない。

私に近い年の人で、つい最近まで元気だったのにあっという間に亡くなった…という経験は初めてだったので、かなり衝撃でした。私でさえこれだから、ご家族はいかばかりか…。

私はきっと彼女のほんの一部分しか知らなかったのだろうけれど、年下の私にも親切に優しくしてくれたなーとか、素敵な装飾品つけてたよなーとか、話している姿とか、歩いている姿とかが思い出だされ、でも、もうこの世にいないなんてまだ信じられない。

人生折り返しを過ぎたのだから、何があってもおかしくはないけれど、彼女の死は「人生って何だろう」「これからどうやって生きようか」ということを考えさせられました。

衝撃的に彼女がいなくなっても、世の中は何もなかったように過ぎていきます。きっとこの秋晴れの空を中島さんも見たかっただろうな…。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »