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2007年1月12日 (金)

多文化共生時代への道筋は…

新年会が目白押しの1月ですが、5日に在日民団神奈川県連主催の合同新年会に参加しました。

多くの在日の方と共に、この日は成人のお祝いも開催され、チマチョゴリなどのきらびやかな衣装を着た20才になる若者たちも紹介されました。

今年は創団60周年だそうで、帰りにこれまでの苦悩や歴史の詰まった分厚い本「民団神奈川60年史」をいただきました。

私は横浜市鶴見区で生まれ育ったのですが、通った鶴見中学のそばには在日の方が多く住んでいて、多くの在日の子どもたちがいたようです。

というのも、中学生当時は在日の人が住むに至った歴史も状況もほとんど理解していませんでしたし、もちろん容姿は全く変わらず、日本の名前だったので誰が在日の子なのかはっきりは認識していなかったのです。

でも、たまに「○○さんは朝鮮人だよ」とこっそり耳打ちする友達がいたのですが、聞いても「ふーん、だから何?」程度の反応でした。他にも中国人やブラジル人の子もいたし、鶴見という当時から外国人の多い地域だからこそ、何の偏見も持たなかったし、いじめなどもなかったように思います。

「民団神奈川60年史」を紐解くと、戦前からの苦労や差別、苦しみの歴史がつづられています。やはりしっかりと過去の出来事を理解することが、多文化共生への道筋になるのでしょう。

ワールドカップの共催や、アイドルの交流、そしてまたヨン様ブームなど、日韓の間では表面的には友好な関係が進んでいます。しかし、以前在日の方の話を聞いた際、

「日本語を話し普通の生活をしていても、国籍が違うだけで相変わらず差別は存在する」

「昔とは違い、確かに若者世代は友好な関係を作りつつあるが、それは歴史を知らない、知ろうとしない中での友好関係であって、本当は歴史をちゃんとお互いに知った上での友好であるべきだ」との話がとても印象に残っています。

在日の方だけでなく、横浜市は多くの外国人が住んでいますし、これからもたくさんの国から労働者として多くの方がやってくるでしょう。国籍が違うだけで様々な差別はありますし、施策もなかなか進みません。国際都市横浜を語るならば、その名にふさわしい多文化共生の社会になるよう、皆で考えなければなりませんね。

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